2011年03月25日

高田城百万人観桜会の縮小実施ってどうなの?

一昨日(3/23)に高田城百万人観桜会の開催が決定した。

4/9、4/10、4/16、4/17のみ18時〜22時まで公園内のボンボリが点灯されるという。

他の日は18時で露店も含め終了するという。

内容を変更(縮小)しての開催・・・どうなのだろう?

この縮小が全ての原因とは言わないが、上越市内の宿泊業にはキャンセルが相次いでいると聞く。

「東北地方太平洋沖地震及び長野県北部の地震を受け、被災地の皆さまへ支援の気持ちを届けるため、また、当市の旅館・ホテル・飲食店等での相次ぐキャンセルの発生や自粛ムードが漂うなど沈滞傾向にある市内の経済活動を盛りたてるため、内容を一部変更して開催します。(上越市HPより)」

市内の経済活動を盛りたてるためには、例年通りの実施が良かったのではないだろうか?


私を含め日本人は自粛を良しとする。

被災者の気持ちを考えると・・・と思って行動を自粛してしまう。

でも、被災地の皆様を傷つけるようなイベントなら中止は当然として、被害の無かった地域が通常のイベントを自粛・縮小することに何の意味があるのだろうか?

節電のため?というのならライトアップだけ縮小すればよい。
露店の多くは発電機使っていたような気がするが勘違いだろうか?


そもそも、何の理由で縮小開催となったのだろう?

災害直後だからだろうか?

被災者が辛い避難所生活をしているからだろうか?

でも、1年後だってまだまだ復興していないだろうし、多くの人が仮設住宅で不便な生活をしているだろう。

それでも災害直後でないなら通常開催となるのだろうか?

被災者心情を考えて・・・震災直後の今開催するのは・・・ということなのだろう。


テレビで阪神淡路大震災の被災者が言っていたことを思い出した。

「ボランティアや全国から届く物資は本当にありがたかった、でも復興に必要なのは”お金”、家を建て直すためのお金だった」と話していた(要約)。


今、大きな被害を受けていなく通常の生活を送れる人たちが行うこと。

それは、普通の生活ではないのだろうか?

お金を稼ぎ、そのお金の一部でも募金すること。

戦国時代の「義の塩」の現代版「義の金」が必要なのではないだろうか?


イベントは大々的に開催し、それに集まった多くの人たちから「義の金」を集める。

その方が正解のような気がするのは私だけだろうか。


日本三大夜桜に揚げられている高田の夜桜。

そう「夜桜」が有名なのに、夜桜を見れないなんて・・・。

高田の昼桜はどこにでもあるような並の桜だよね。


人が集まらなきゃ、宿泊業、飲食業は大ダメージ。

そこに業販している食品業、飲料品業も大ダメージ。

負の連鎖が続き、物販全体にダメージが広がっていく。

被災地のことを思い自粛することで共倒れしては意味が無いのだが・・・。


もうすぐ年度も変わる。

雪国の暗く長い冬から、ようやく明るい春に変わる季節。

この春、新しい生活をスタートさせる人もたくさんいる。


いつも通りの生活をしよう。

いつも以上にお金を稼ごう。

そして、今まで以上に募金をしよう。

できる範囲の節電をしながら。

posted by makoto at 17:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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